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「学生ですから」 |
賃貸物件の間取は時代を反映しています。
単身者用で言えば、遥か昔?の風呂ナシ・トイレ共同の下宿生活が当たり前だった時代から、部屋に専用トイレが付き、専用玄関になり、お風呂が付き、ユニットバスに変わり、洗濯機置場も給湯もエアコンも当たり前という時代になると、次にはフローリングがカッコいい、収納は広く、バストイレは別、キッチンはガスの2口で...etc、と日本経済の高度成長に合わせて良く言えば「便利・快適」に、悪く言えば「贅沢・我侭」に変化してきました。
ある年の3月、一人の青年がお部屋探しに訪れました。 年の頃は20代前半、顔立ちは端整、礼儀正しくいかにも聡明そうな印象を受ける好青年です。
大きめのボストンバッグを席の傍らに降ろし、彼は真っ直ぐに私の目を見て言いました。
「出来るだけ安い風呂ナシの物件はありませんか?」
身なりも清潔、モデルと言っても通用しそうな容姿を持つ彼から出た言葉に、私は興味を持ちました。 大き目のボストンバッグは地方から出て来たばかりであるコトをうかがわせ、何か事情があるのだろうと2、3の質問を投げかけます。
東京に出てきた経緯や現在の職業、風呂ナシを望む理由等々。
聞けば彼は地方の有名国立大を卒業し、春から日本最高学府の大学院に進学が決まっているものの、大学を出させてもらったのにもかかわらず就職もせず、自分の希望で大学院に進ませてもらうのにこれ以上親に迷惑を掛けたくない、との理由で自力で生活するために安い物件を探しているとのコト。
大学院の学費は大学時代にバイトで貯めた貯金で賄い、東京での生活費もバイトで稼ぐつもりだと言う彼。 本当にお風呂ナシでも大丈夫?との私の問いに彼は、
「確かに不便はあると思いますが、学生ですから勉強が出来るだけでも充分に恵まれているので平気です」
と、何の迷いも無い爽やかな、しかしちょっと照れくさそうな笑顔で答えました。 私にとってはもう、彼にどの程度の収入が得られそうかを聞く必要性も感じませんでした。 無審査でお部屋を紹介し、彼も喜んで契約して頂きました。
それから2年。
やや大人びた彼に再び会ったのは、退室立会いの時でした。 おかげ様で充実した院生生活を送れました、と感謝の言葉で切り出した彼は、世界有数の外資系コンサルティング会社に就職が決まり、明日アメリカに旅立ちます、と希望に目を輝かせながら話してくれました。
時代の流れと共に、便利で快適な生活が出来る単身者用物件は増えました。 今や単身者用といえど浴室乾燥機やオートバス、システムキッチンも見かける時代です。
一方で、設備面の充実度に入居者の心の充実度は追いついているのだろうか、と感じることがあります。 設備が充実しているから生活が充実するとは限りません。 現に、話の彼は風呂ナシ、トイレ共同の6帖一間の2年間を充実していたと言っていました。
ともすれば友人から羨ましがられるような部屋に住みたいと思っても不思議ではない年頃の彼は、自分の目的をハッキリと見定め、目的達成に不要な飾りを潔く切り捨てて等身大の生活をすることで、最短距離での目的達成を果たせたのではないかと思います。
賃貸に住まれる方の抱える事情、目的、期間はそれぞれです。 設備が良ければその分の対価が必要になります。 払った対価に見合う満足感が得られるのであればその選択はアリなのでしょう。
しかし最近の、過剰とも言える程の設備を備えた単身者用物件の需要増を考えると、決して生活が裕福になったというコトではなく、贅沢を削ってでも叶えたいと思えるほどの夢を抱く若者が少なくなった…、そんな時代の表れのような気がしてなりません。
充実した生活とは。 満足のいくお部屋探しとは。
彼の潔さに何かを教わった気がします。
by「夜旦那」
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テーマ:住宅・不動産 - ジャンル:ライフ
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